拓寿園の買い物事情

2016.11.7

午後4時。拓寿園の廊下には夕げの香りが漂い始めます。3時頃から煮物を始めた部屋ではそろそろ出来上がり、その奥からは脂ののった魚の焼ける香り。隣はカレーライスでしょうか・・・。

自炊施設である拓寿園の入居者様は、夕食を作ることはもちろん、食材の調達、食器洗い洗剤やスポンジの他、衣類や洗濯の為の洗剤、入浴時のシャンプー・リンス・せっけん等々の購入に至るまで自分で行わなければなりません。
しかしながら拓寿園から一番近いスーパーでも、元気な方が歩いて10分以上かかる場所にあり、バスやタクシーを利用しなければならないことも多く、決して利便性が高いとは言えない環境なのです。
もちろん歩くことは健康のために重要ですが、足が不自由で長距離の移動が大変な方には切実な問題です。更にお米や飲料の購入は徒歩やバスでも一苦労です。だからと言ってタクシーを毎回使っていては経済的に大変になってしまいます。まして雪の降る冬は路面状況も悪く、たとえ元気な方に対しても「頑張って歩きなさい」とも言えません。

そこで行事の一つとして、月に1回買い物を希望する入居者様を募り、施設車両やマイクロバスで少し遠くのスーパーまで出かけるという『買い物ツアー』を始めました。

歩行に自信のない方はもちろん、大きなものや重いものも買えますし、普段行く店にはない珍しいものが手に入ることもあり、入居者様にはとても喜ばれました。
それでも月に1回であるため、日々の買い物を満たすまでには至らず、足の不自由の方はタクシーを利用したり、親族の方やヘルパーさんに同行を頼まなければならないなど不便は続きました。

そんな中、今年の始めにコープさっぽろ様から、拓寿園敷地内で生協の移動販売車の試験営業をさせてほしいというお話を頂きました。週1回食品や日用品を積んだトラックが拓寿園の駐車場にやってきて、入居者様はそのトラックの荷台の中で買い物をする、というものです。少しでも買い物負担の軽減になれば・・・と早速お願いしたところ、これが大当たりでした。

小さな空間に野菜、肉、魚、果物、調味料、お米などの食料品から、洗剤、ゴミ袋、使い捨てカイロに至る日用品まで、ところ狭しと並べられており、週に一度、数日の生活に困らないだけの買い物が出来るようになりました。天候が悪かったり体調がすぐれない時、冬場の道の悪い中、無理に買い物に行って転倒するという危険因子が減るため、すぐに週2回の本格的な導入を決定し、あっという間に拓寿園の中で日常のものとして定着しました。

しかし、この移動販売が普遍化するにつれ、少々心配なことが出てきました。入居者様の歩行の機会を奪う事にはなっていないだろうか、買い物ツアーを企画しても参加者はいなくなり、買い物に出て楽しむ方が減ってしまうのではないか、等々。

その心配は無用でした。入居者様の健康に対しての意識は想像以上に高く、今まで歩いて頑張って買い物に行っていた方は、更に遠くに珍しいものを求めて出かけ、歩行に自信のない方も「買い物は便利にしてもらったから、もっとほかの事で歩いて頑張らなければ。」と意識して歩くことを続けました。

大きいものを買ったり、みんなと連れだって珍しい店に連れて行ってもらいたい、と希望があり、『買い物ツアー』も存続となりました。現在ではすっかり毎月の恒例行事として落ち着きました。

買い物には介護予防の要素が組み込まれています。必要なものを考え、覚え、商品を探すために歩き、お金の計算をし、人と接して話をします。それ以上に楽しい買い物は生活をさらに豊かにします。これからも入居者様のニーズに合わせ、柔軟に対応していけたらと思っています。

かくして各々の方法で多彩な食材や便利な日用品を入手した方の部屋からは、今日もおいしそうな夕げの香りが漂ってきます。今日も無事に夕食を摂れているな、と安心する一方で、退勤までのしばらくの間、いたずらに増した空腹感に堪える毎日となっております。


施設長 西川 亮